<体力の正体は筋肉/第3章:筋肉は使わないとすぐに衰える“怠け者”(4)>

運動機能が衰えた状態になる「ロコモティブシンドローム」

老化や骨折などのケガ、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)、変形性関節症、関節リウマチ、サルコペニアなどによって、筋肉をはじめ関節、軟骨、椎間板といった運動器が衰えて運動機能が低下してしまった状態を「ロコモティブシンドローム(運動器機能低下症候群)」(通称ロコモ)といいます。

2007年に日本整形外科学会によって提唱され、ロコモであるかどうかを自己チェックする7項目が発表されています。

①階段の上り下りに手すりが必要である
②片脚立ちで靴下が履けない
③家の中でよくつまずいたり滑ったりする
④15分くらい続けて歩くことができない
⑤横断歩道を青信号で渡りきれない
⑥2㎏程度の買い物をして持ち帰るのが困難である
⑦やや重い家事(掃除機がけ、布団の上げ下ろしなど)が困難である

ロコモ、メタボだけでなく糖尿病も筋肉が関わる病気/体力の正体は筋肉のイラスト

このなかで、1つでも思い当たることがあれば、ロコモのリスクがあると考えられます。きちんと医師の診断を受けて、トレーニングや適切な栄養の摂取で運動機能を回復させなければなりません。

骨格筋の働きと深い関係がある「メタボリックシンドローム」

今ではすっかり耳慣れた言葉となった「メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)」(通称メタボ)は、肥満(内臓脂肪の蓄積)や運動不足、加齢などによって脂質代謝異常、高血圧、高血糖などを招いてしまい、脳卒中や心筋梗塞といった脳・心血管疾患が発症するリスクが高くなってしまった状態をいいます。

メタボと筋肉とはなんの関係もなさそうですが、実はメタボの診断基準にある血糖値を調節するのに骨格筋が重要な役割をしているのです。

食事によって血糖(血液中の糖分)が上がると、すい臓からは血糖を下げるインスリンというホルモンが分泌されます。すると、筋肉、脂肪細胞などの細胞膜にあるインスリン受容体が反応して血糖(グルコース、ブドウ糖ともいいます)を細胞内に取り込んで、筋肉ではグリコーゲン(グルコースが多数つながっている糖質の貯蔵形態)として、脂肪細胞では中性脂肪に変換して貯めこみます。このようなエネルギー代謝をもっとも活発に行っているのが骨格筋なのです。有酸素運動のみならずトレーニングによって筋量が増えれば、メタボを予防し、その症状を改善するのにも有効です。

糖尿病も筋肉が関わる病気

糖尿病もまたメタボと同じように、筋肉とは無関係の病気だと思われがちですが、けっしてそうではありません。むしろ、「糖尿病は、筋肉が原因の病気です」といってもいいくらい、筋肉の機能と密接に関係しているのです。

筋肉細胞内には、GLUT4(グルコーストランスポーター)という糖輸送たんぱく質があります。血糖値の上昇に反応してすい臓から血液中にインスリンが分泌され、筋肉細胞の表面にあるインスリン受容体に結合すると、細胞内で化学反応が進行します。GLUT4が筋肉細胞の表面に移動してきて、血糖を取り込むためのゲートが開き、そこから血糖が筋肉内に取り込まれるのです。

よく運動をしている人は、運動をしていない人に比べて筋肉内のGLUT4の量が2倍ほど多くなっているので、わずかなインスリンですみやかに血糖値を低下させることができます。いっぽう、運動不足や食べすぎで内臓脂肪が蓄積してしまったメタボの人は、筋肉内のGLUT4の量が少なく、インスリンの効き目も悪くなっていて、上昇した血糖値がなかなか下がらない「インスリン抵抗性」が生じます。そこからさらに高血糖の状態が続けば、糖尿病へと症状が進行してしまうわけです。

しかも、日本人の場合、すい臓からのインスリン分泌能力は欧米人に比べて低く、その50%程度しかないといわれています。欧米人は、多く分泌されるインスリンの作用によって脂肪組織にしっかり血糖を取り込み脂肪に変換できるので、肥満にはなりやすいのですが、糖尿病の発症を遅らせることができます。しかし、日本人は、インスリンの分泌能力が低いので、肥満になる前に糖尿病を発症しやすいのです。

こうしてみると、インスリン抵抗性を生じさせる肥満をもたらしたのが運動不足による骨格筋機能の低下でもあることから、運動不足は糖尿病の発症に大きく関わっているといってもさしつかえありません。糖尿病の治療で運動療法が重視されているのは、骨格筋への血糖の取り込みを促進し、インスリン抵抗性の改善に効果を上げているからです。

骨格筋をきたえるのは、糖尿病の予防にもつながるわけです。

さて、本章では、筋肉が衰える話や病気の話に終始してしまいましたが、落ち込む必要はまったくありません。なぜなら、筋量の減少も筋力の低下も、筋肉をきたえれば何歳からであっても回復し、維持し、さらに高めることもできるのです。 そのためには、どんな方法があるのか。次章以降で具体的に説明しましょう。

(当サイトでは第4章は掲載いたしません。書籍でご確認ください)

(つづく)

※「体力の正体は筋肉」(樋口満、集英社新書)より抜粋